2024年6月4日火曜日

中村三尾大橋ら「重力波をとらえる : 存在の証明から検出へ」を眺め終えた

中村卓史, 三尾典克, 大橋正健編「重力波をとらえる : 存在の証明から検出へ」、京都大学学術出版会, 1998年
を眺め終えた。

本書は重力波に関する理論と実験に関する教科書である。実験に関しては私は全然わからないが日本語で実験装置について読める本書はありがたい。理論の部分は丁寧に書かれており、現在でも通用する良い本だと思う。ところどころ重力波源としてエキゾチックな現象が紹介されているがうかがえるが、現在では流行っていないものが大半だと思われるので、無視して良いだろう。また、実際に多く観測されることになる重力波の源として連星の恒星質量ブラックホールの合体は記述はほとんどないので、その点に期待して読むと得られることは何もない。

「重力波アンテナ技術検討書ー干渉計ハンドブック」とgoogleで検索すると269ページもある本書の実験部分の雛形を見つけられるだろう。それを印刷して配布されたものの一部が過去にyahooオークションで出回ったらしく、当時の製本された外観も知ることができる。

重力波実験の歴史は短くはない。本書から読み取れる当時の各国の実験計画と進捗具合、予算の見込みと当時の人的資源から察するに、当時から勝ち目はまるでなかっただろう。なぜ逆転を信じて戦いを始めたのだろうと思ったので、経緯を調べてみた。日本におけるレーザー干渉計による重力波研究の第1歩は1988年9月に開催された京都大学基礎物理学研究所モレキュール型研究会「重力波天文学」とされ、1989年度から早川幸男代表の総合研究 (B) によって本格的な検出装置の概念設計が始まったらしい。そして、日本の近代史で習うように、その直後に日本のバブル経済は崩壊した。つまり、高度経済成長を体験した人たちが夢のある計画を始めたのであり、バブル崩壊後しか知らない私には理解できそうもない思考に基づいて始まったのだと分かった。もっと早い段階で日本の現実を受け入れて、地下に観測装置を作るなどの独自性は捨てて、欧米と協力して4点同時観測のために尽力した方がよほど科学に貢献できたと思う。

実験部分は多くの著者によって書かれている。いかに記しておく。
第1章 序論(中村卓史)
第2章 重力波(中村卓史)
第3章 重力波の生成(中村卓史) 
第4章 重力波の源(中村卓史) 
第5章 検出対象と方法(大橋正健)  
第6章 レーザー干渉計(三尾典克) 
第7章 要素技術  
 7-1 レーザー(植田憲一・三尾典克・大橋正健) 
 7-2 防振(河邉径太)
 7-3 制御(河邉径太) 
 7-4 真空系(堀越源一)
 7-5 鏡(大橋正健) 
 7-6 リサイクリング(三尾典克) 
第8章 他の重力理論と重力波(前田恵一) 
補遺A ガウシアンビーム光学(森脇成典)
補遺B 宇宙レーザー干渉計(河島信樹) 
補遺C 光学シミュレーション(佐々木明)
付録(中村卓史)

書評も書かれている。
『パリティ』14巻2号、評者:藤井保憲氏
『日本物理学会誌』53巻12号、評者:小嶌康史氏
『天文月報』91巻9号、評者:高橋竜太郎氏

理論の部分については一般相対論の入門を終えた4年生でも読み始められると思う。