2025年11月15日土曜日

ミラー「ブラックホールを見つけた男」を読んだ

アーサー・I・ミラー、坂本芳久(訳)「ブラックホールを見つけた男」草思社、2009
を読んだ。

原書は2005年出版のArthur I. Milleer 「Empire of the Stars Friendship, Obsession, and Bettayal in the Quest for Black Holes」である。  著者のミラーはロンドン・ユニバーシティ・カレッジ科学史・科学哲学教授である。

天体物理学者として著名なスブラマニアン・チャンドラセカールの伝記である。チャンドラセカールとエディントンの確執を前面に押し出し、その後にチャンドラセカールの生涯や親族に触れながら、チャンドラセカールの初期の研究である白色矮星の質量限界の研究について多くを割いている。また、晩年のブラックホールの数理的な研究についてもそれなりにページがあ割かれているが、後半はチャンドラセカールを含めた多くの人のブラックホールの研究にほとんどのページが割かれている。

チャンドラセカールは生涯にわたり、天体物理学への重要な貢献を行い続けた。数年ごとに集中して一つのテーマを研究し、まとめとして数式で埋め尽くされた教科書を書き、次のテーマに移った。チャンドラセカールが初期の研究である白色矮星の質量限界に対してノーベル物理学賞を授与されたときに、生涯にわたる研究を矮小化されたと感じて怒ったそうだ。チャンドラセカールが生きていれば、本書にも怒ったはずだ。チャンドラセカールはすべての重要なすべての研究テーマについて、平等に触れるべきであると主張するだろう。そうすると1000ページ以上の天体物理学について教育的な本になるであろう。しかし、ブラックホールという非常に限定されたテーマでさえ間違った記述も含まれるため、著者の能力をはるかに超えている。

本書の良いところは著者によるインタビューに基づいた記述や研究者にしか開示されないような一次資料に基づいている記述があることである。本書はチャンドラセカールの生涯を知るには良いと思う。しかし、ブラックホールの研究史としては非常につたない箇所やブラックホールについて間違った記述もある。したがって、ブラックホールや白色矮星や中性子星の研究者も本書について怒るかもしれない。

原書や翻訳本のタイトルにあるように、この本ではチャンドラセカールの研究をブラックホールの研究の中心に強引に持ってきている。そのために科学史としてもブラックホールや天体物理学の研究のまとめとしても、非常に歪んでしまっている。本書は、その点を踏まえれば、悪い本ではない。読者は著者による歪みを他の本や文献で十分に補足して、バランスを取る必要がある。