2026年2月25日水曜日

ベサラプ「ランダウの生涯」を読んだ

マイヤ・ベサラプ、(訳)金光不二夫「ランダウの生涯」1973年、東京図書
を読んだ。

ソ連を代表する理論物理学者であるレフ・ランダウについての伝記である。ランダウは非常につらい時代のソ連を運よく生き延びることができた物理学者である。この伝記の最大の特徴は、そのような辛い背景はほとんど書かれていないことである。著者はランダウの姪である。ランダウの幼少のころのエピソードから晩年の内容までバランスよく含む。弟子に関するエピソードや妻であるコーラへの手紙は印象的であり、朗らかな雰囲気な伝記とさえいえる。実際の1930年代のソ連は大粛清が行われていた。海外で物理を学んだこともあるランダウも当然粛清対象となり、ウクライナのハリコフからモスクワへ逃亡するように異動したが、結局一年間投獄された。研究所長であるカピッツァは政治家から立場をわきまえない傲慢な研究者と疎まれていたカピッツァの勇気ある懇願によりランダウは運よく瀕死の状態で釈放された。ハリコフの同僚の何人かは銃殺された。第二次世界大戦から冷戦の10年数年間にわたり、ソ連の物理学者と政治家の間には核兵器などの非常時における兵器開発において緊張感のある関係が続いた。尊大なカピッツァは核兵器開発に反対し、1946年から1954年まで職を解かれて、自宅軟禁となった。投獄経験のあるランダウには個人的な感情とは関係なく兵器開発に協力しないという選択肢はなかっただろう。これらのことは本書では記述は乏しい。書かれていても何が正しいのかよくわからない曖昧な記述である。本書の改訂版が出されているという話も聞くが、ランダウはあまりにも軍事機密の深いところに関わっていただろうから、そもそもベサラプ氏の持っている情報も非常に限られているだろうし、私はあまり期待していない。本書にはリフシッツによる「ランダウの生きた言葉」も付録としてついている。この本のバージョンではリフシッツはランダウを「ランダウ」と呼んでいる。別の本のバージョンでは「先生」呼びである。