朝永振一郎著作集別巻2「日記・書簡」1985年、みすず書房
を読んだ。
本書に含まれる、1938年から始まる朝永氏の滞独日記は物理学者、特に素粒子理論の物理学者の間では有名な日記であり、きっとバイブルとしている物理学者もたくさんいるだろう。
日記の内容は朝永氏が30代若手研究者であった当時のできごとや心象が赤裸々に書かれている。朝永氏は物理学でよい研究をすることに対して強い野心を持っていたが、朝永氏がハイベンベルグの元に留学していた時期は、同期の湯川秀樹が世界的に認められ、素粒子物理学者として世界の頂点に君臨していた時期でもあった。朝永はドイツでの研究と生活、同僚や同胞との交流などを書いている。朝永氏は研究の理想が高すぎるためか、物理学がつらくなる時期も多く、物理学から逃げ出したいという気持ちも同時に抱え込んでいた。解説の小林稔氏によるとこのような朝永氏の傾向は滞独以前からあったとのことである。日記のなかで、朝永氏がいかに湯川氏をライバルと見做して、妬んでいたのかが、はっきりとわかる。また、朝永氏が湯川氏や他の同僚の妬み、その感情やうまく行かない自分の物理学の研究で苦しみ、あがく心象がよく描かれている。他にも書簡、本の推薦文、亡くなる前年の入院中の日記など、朝永氏の全体像を知る手がかりが得られる本だと思う。
解説は小林稔である。小林稔氏は朝永氏の寝食を共にした近しい後輩であり、同僚であった。
読後に本書の年表と照らし合わせてみたがwikipediaの記述は年月がずれていたり、奇妙なことに細切れの一部分の情報しか書かれていなかったりして、かなりいい加減であるだけでなく、かなり偏った奇妙な編集がされており、十分な一次資料を手元に置いて書かれたわけではないのだとわかる。